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真田古墳(九度山町)

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写真: 真田古墳(九度山町)

写真: 真田古墳(九度山町) 写真: 善名称院/真田庵(九度山町)

mixi記事コピペ――2017年04月16日 11:49
17.04.10.
●真田の抜け穴――(wiki)善名称院の約200m東に、昔から地元の人々に「真田の抜け穴」と伝わっていた穴がある。また、その穴から善名称院までを真田氏の造った抜け穴と長い間信じられてきたが、しかし、昭和28年(1953年)に行われた発掘調査によって、古墳時代後期(4世紀)に造られた横穴式石室を持つ円墳であることが判明した。真田との関係性は無いが縁の地という事で、真田古墳と名づけられた。


●槇尾山 遍照寺
槇尾明神別当寺
宗派、高野山真言宗
本尊、大日如来
開山、空海?
創建、?

説明板――「この山は神代の昔から有為の峰といって丹生・白髮大明神のあるところ、弘法大師が槙尾山で修行されておられた頃、かたわらの弁財天をご信仰なされて、日夜お参りされていた。高野山をお開きになってからも厚く信仰され、月に九度ずつ槙尾山に参詣されていた。ところがある日、九度山迄下ってこられた時、吉野川に大水が出ていた。どうして渡ればよいかと沈んでおられた。そこへ弁財天が現れて、この地にわれを移し祀れ、と告げられた。そこで大師はこの山へ弁財天を移し祀り、槙尾山という御自筆の額を掲げられた。この時から社を槙尾明神社といい、傍らに別当寺を立てて槇尾山遍照寺と名付けられた」

当寺の隣が信繁の屋敷であった、との説がある。現在石垣と井戸が残る。

巡回マップ→ https://www.google.com/maps/d/edit?hl=ja&mid=1tRjdWkM4THc7YsBtoAK-oDBpN64&ll=34.29043494258785%2C135.5591390577324&z=17

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